ご苦労 様 意味。 「お疲れ様」と「ご苦労様」の違いと正しい使い方【もう間違えない! 定番ビジネス敬語集】

間違いも多い「労をねぎらう」の意味と敬語表現・使い方と例文

ご苦労 様 意味

スポンサーリンク 私が営業からから会社にもどり事務所へ入る時に一言。 「 お疲れ様です!」 それに対して事務仕事の人がこう返します。 「 ご苦労様です!」 もう習慣化したなんの疑問もわかない職場内での言葉のやり取りです。 あるとき新入社員からこう聞かれたんです。 「課長、お疲れ様とご苦労様ってどう 使い分ければいいんですか?」 「会社のみんながしている挨拶って間違いないんですか?」 私は一瞬、返答に困りました。 あまりにふだん何気なく使っている言葉だったので。 この2つの言葉の 違いと 正しい 使い分け。 さらに、間違いと気づかずに 失礼な 使い方を 目上や取引先の人にしていないか。 そんなことを深く考えたことがありませんでした。 ということで今回は「ご苦労様」「お疲れ様」はどう違うのか。 そしてこの2つの言葉はどう使い分けるのが正しいのか。 さらに目上の人へ失礼のない使い方をするための秘策を紹介します。 それではまいりましょう。 ビジネスマナーでの「ご苦労様」「お疲れ様」の使い分け• ご苦労様・・・ 目上の人が目下の人に対し、ねぎらいの言葉として使う。 お疲れ様・・・ 目下の人が目上の人へ、また同僚へのねぎらいとして使う。 ビジネスマナー的には「お疲れ様」は目下の人が目上の人に使ってもいいとなっています。 ただこの「お疲れ様」を使っていいのは、同じ社内の目上の人に対してです。 社外の仕事関係での目上の人に「お疲れ様」を使うのは失礼になるので注意しましょう。 また年配の方の中には、目下の者から目上の者へねぎらいの言葉をかけることじたい失礼なことだと思っている人もいます。 ですので目上の人に対しては、「お疲れ様」を使わずたとえば「お世話になりました」「ありがとうございました」などの感謝の言葉を使う方が間違いはありません。 社外での使い分け 「ご苦労様」「お疲れ様」の使い分けをきびしく言うのはビジネスの世界においてのことです。 この2つの言葉は共に相手へのねぎらいの言葉です。 「ねぎらい」とはこういう意味になります。 社外でのお疲れ様の使い方• 会社から帰宅したお父さんへ・・・「お仕事、お疲れ様でした。 ドライブで遠くの目的地に着いたとき・・・「長距離の運転、大変お疲れ様でした。 」 この「お疲れ様」に相手が同僚だとか目上だとかの感情はありません。 ただただ相手に対して感謝の気持ちをあらわすのにねぎらいの言葉をかけているんです。 もともとの意味を考えると間違った使い方といえるのかもしれません。 ただ相手のことを思い、心からのねぎらいの言葉をかけるときに杓子定規(しゃくしじょうぎ)な考え方をする必用はありません。 ビジネスマナーは狭いビジネス界の中での話です。 相手のことを心からねぎらいたいと思うときは「ご苦労様」「お疲れ様」を自由に使ってもいいんです。 そこに目上、目下の上下関係は存在しません。 目上の人への失礼な使い方 ビジネスマナーでは目下の人が目上の人に使ってもいいとなっている「お疲れ様」。 ただ 「ビジネスマナーでの使い分け」のところで述べていたように年配の方の中には、目下の者から目上の者へねぎらいの言葉をかけることじたい、失礼なことだと思っている人もいます。 ビジネスマナーの教科書どおりだと目上の人に「お疲れ様です。 」 と言うのは間違ってはいません。 しかし人は感情で行動するものです。 ということは「お疲れ様です。 」を使うことを避けた方が賢明です。 「お疲れ様です。 」をビジネスマナーだから使ってもいいよという目上の人。 そして使うのは失礼だと考える目上の人。 目上の人がどちらの考え方を持っているのかは、わかりません。 ならば別の お礼の言葉などで言い換えるほうが、賢明な選択です。 ビジネスマナーでの「ご苦労様」「お疲れ様」の使い分け• ご苦労様・・・ 目上の人が目下の人に対し、ねぎらいの言葉として使う。 お疲れ様・・・ 目下の人が目上の人へ、また同僚へのねぎらいとして使う。 ただしこれはビジネスマナーの教科書の上でのことです。 じっさいには目上のご年配の方のなかには 目下の者が目上の者に、「ご苦労様」というねぎらいの言葉をかけるのを失礼だと考える人もいます。 目上の方がねぎらいの言葉に対しどう考えているかはわかりません。 ですので、お礼の言葉などで言い換えるほうが、賢明な選択なんです。 そのほうが、おたがいに気持ちよく人間関係をつくることができます。 言葉一つで人間関係がうまくいったりいかなかったりするものです。 ビジネスマナーはこうだからと杓子定規な考え方はやめて 相手のことを思い、相手が心地よくなってくれる言葉を使うようにしませんか。

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「ご苦労様です」は目上の人に使うと失礼?使い方・返事の仕方・「お疲れ様です」との違いを解説

ご苦労 様 意味

こんにちは! ライターのトギー()です。 日々の生活の中で、ふしぎな言葉や文化に出合うことがあります。 例えば、「お疲れさま(お疲れ様)」と「ご苦労さま(ご苦労様)」。 目上の人に対するあいさつとして、「ご苦労さまです」を使うのは失礼だと言われることがあります。 無難なあいさつして使われているのは「お疲れさまです」。 これ、ふしぎだと思いませんか? 「お疲れ」も「ご苦労」もニュアンスは似ているのに、どうして「ご苦労」という表現だけが失礼にあたるのでしょうか? その真相を知るべく、「お疲れさま」の方が適しているとされる理由や、正しい使い方、その歴史的背景をひもといていきましょう。 時代劇でも、よくそんな場面を見る気がします。 しかし多くの言語学者が、この主張に異を唱えます。 例えば日本語学者の。 著書『遊ぶ日本語 不思議な日本語』の中で、18世紀の文書で見られた家来から主君へのあるあいさつを紹介しています。 「 御苦労千万、今宵ももはや九つ、しまらく御まどろみあそばされよ」 (現代語訳: 明日は暗いうちからお城へ参上なさるのは ご苦労この上ないことです) 出展: 浄瑠璃「仮名手本忠臣蔵」 目下である家来から、目上である主君に対して「ご苦労」とあいさつしていることがわかります。 主君の者が家来の苦労をねぎらうときには、ご苦労ではなく「大儀であった」が使われていたそうです。 社会言語学者のもこの主張を支持。 論文「『御苦労』系労い言葉の変遷」では、18世紀の文書「唐辺僕術」の中のこんなやりとりが紹介されています。 医者「これは御番 、ご苦労。 いつもよくお勤めなされます」 大家「これは忝い(かたじけない)ご挨拶」 参照元:武藤禎夫校註(1987)『安永期小咄本集』 医者が敬意を払うべき大家に対して「ご苦労」とあいさつしていますね。 明治初期まではこのような使われ方が多いんだそうです。 目上の者が「ご苦労さま」を使うようになったのは明治時代 倉持先生は、江戸時代以降の文学作品に使用されている「ご苦労」のあいさつ表現を集計し、その使われ方の転換期は明治時代にあることを発見しました。 出展:倉持益子(2011)「『御苦労』系労い言葉の変遷」明海日本語 明治時代初期までは目下の者から目上の者に対して使われることのほうが多かったそうですが、それ以降形勢が逆転。 大正時代には目上の者が使うことが主流になりました。 その背景には、明治時代に誕生した軍隊の影響があると、倉持先生は考えます。 「ギイギイ、ご苦労だつた。 ご苦労だつた。 よくやつた。 もうおまへは少佐になつてもいゝだらう。 おまへの部下の叙勲はおまへにまかせる」 出展: 宮沢賢治「烏の北斗七星」1928年 幕末まで使われていた一種のサムライ言葉「大儀であった」という表現に古臭さを感じ、あえて別の表現を選んだのではないか、というのが倉持先生の見解です。 軍隊は戦争を経験しながら急速に影響力を拡大。 彼らの「ご苦労」のやりとりが徐々に市民にも広がり、目上の者が目下に対して使うあいさつとして定着していったと推測されます。 「ご苦労さま」に現代的なイメージが定着したのは1980年以降 同じく倉持先生の研究によれば、「ご苦労さま」が目上から目下の者に対するあいさつであると定着したのは1980年以降とのこと。 その理由は、『学研国語大辞典』の中の「ご苦労」の説明書きの内容の変化から見て取れます。 学研国語大辞典初版(1980年) ごくろう〔御苦労〕(名・形動) 「苦労」の丁寧語 他人のほねおりをねぎらう言葉として、また他人の行為・努力をあざける言葉としても使う 学研国語大辞典第2版(1988年) ごくろう〔御苦労〕(名・形動) 「苦労」の丁寧語 目上の人に言うのは失礼とされる 初版には記載がなかったのに、第2版では「目上の人に言うのは失礼とされる」という説明書きが追加されていますね。 その後、多くの辞典で同様の説明書きがなされるように。 現代と同じようなイメージが定着したことがわかります。 「お疲れさま」の起源は不明。 地方では夕方のあいさつとして使われていた 一方「お疲れさま」の起源はどうなのでしょうか? はっきりとした起源はわかっていないようですが、『日本国語大辞典』の方言の欄には、ある地域での夕方のあいさつだと説明がなされています。 『日本国語大辞典』 お疲れさま• 夕方から夜にかけての挨拶の言葉。 こんばんは。 (長野県諏訪郡)• 午後、人に行き逢った時の挨拶の言葉。 (山梨県東山梨郡) 一方で、『ごきげんよう:挨拶ことばの起源と変遷』の著者である小林多計士さんによれば、「おつかれさん」は江戸時代以前の「ご苦労」と同じ意味合いとのこと。 もともとは、疲れていることが予想される夕方以降のあいさつが、「ご苦労」という表現と合体し、現代の「お疲れさま」というあいさつに変化したのかもしれませんね。 1990年代まで、「お疲れさま」は「ご苦労さま」と同じように使われていた 2015年の夏に放送された『タモリ倶楽部』という番組でのタモリさんの発言が話題になりました。 「子役がだれかれ構わず『お疲れ様です』といって回るのはおかしい。 〜中略〜 『お疲れ様』というのは、目上の者が目下の者にいう言葉。 これをわかっていないんですね」 この話題を取り上げた『週刊ポスト』には、学者2人がコメントを掲載。 どちらも「お疲れさま」は「ご苦労さま」と同様に上の立場の人間が言うものである、と主張しています。 1997年に出版された『新明解国語辞典第五版』にも、「お疲れさま」は上の立場の者が使うあいさつ表現であると説明されていました。 このように1990年代には、「ご苦労さま」と「お疲れさま」に大きな違いはなく、どちらも上の立場の人が発言すべきあいさつだと認識されていたようです。 「お疲れさま」が上下関係問わず使えるあいさつになったのは2000年頃 「お疲れさま」と「ご苦労さま」を同等に扱ってきたのが、2000年に入ると一変します。 明鏡国語辞典初版(2002年) ごくろうさま〔御苦労様〕(感・形動) 相手の骨折りをねぎらって丁寧にいう語。 普通、目上の人には使わないほうがよいとされ、「お疲れさま」を使うことが多い。 どちらの辞典でも、目上の人に使う場合は「ご苦労さま」よりも「お疲れさま」が適している、と説明されています。 これは2000年以降に出版された辞典に見られる傾向です。 今は「ご苦労さま」より「お疲れさま」のほうが使われている このように紆余曲折を経たねぎらいのあいさつ。 2005年の「国語に関する調査」では、仕事終わりのあいさつとして「お疲れさま」がもっとも多く使われていることがわかりました。 今や、「お疲れさま」は立場の上下に関係なく使われるあいさつになったようです。 なぜ「お疲れさま」だけが誰でも使えるあいさつになったのか? その理由は諸説あり それでは、どうして「お疲れさま」は誰でも使えるのに、「ご苦労さま」だけが失礼にあたると言われるようになってしまったのでしょうか? その理由は諸説あるようです。 時代劇による誤解説 軍隊の中で使われていた「ご苦労じゃった」というセリフが、めぐりめぐってサムライ言葉と誤解され、時代劇で多用されるようになりました。 そうして『ご苦労=立場が上の者が使う偉そうな言葉』というイメージが浸透し、日常生活で「ご苦労さま」と言うことに抵抗感が生まれたのでは、という説です。 一方で、「お疲れさま」にはそういった抵抗感がないため、代替表現として利用頻度が高まり、今や一般的に使われる言葉になったというわけです。 業界用語の「お疲れさま」が便利すぎて一般化した説 テレビや映像制作などの業界は日夜問わず働いているため、「こんにちは」や「こんばんは」といった時間を考慮したあいさつが面倒で、もっぱら「お疲れさまです」が多用されているとのこと。 その使いやすさが人気を集め、業界問わず「お疲れさま」というあいさつが好まれるようになった、という説明がなされることも。 「苦労」というのはかなりの努力の過程を含意し、使用するのを若者は敬遠する。 これに対して、「疲れ」は誰でも倦怠感を抱くのでその言葉の使用に関して抵抗感はないのではなかろうか。 出展: 登田龍彦(2004)「挨拶表現『お疲れ さま 』について:誤用における相互主観化」 どの説にも共通していることは、「ご苦労」には使いづらいイメージが多少なりある一方で、「お疲れさま」は使い勝手がよく、抵抗感が少ないということ。 そういった親しみやすさの差が、「お疲れさま」は誰もが使えるもので、「ご苦労」は敬遠すべきものだと区別する文化を築きあげていったと言えそうです。 まとめ: 正しい使い方とその変化 「お疲れさま」と「ご苦労さま」の起源と使われ方の変化には諸説あるので断定はできませんが、今回私が調べたことをまとめてみます。 言葉の意味や使い方は、時代や文化を反映させながら移り変わっていくんですね。 では、目上の人の労をねぎらうときに正しい表現は何なのでしょうか? 人それぞれに感じ方が違うので一概には言えませんが、現代の風潮を考えればやはり 「お疲れさまです」が無難と結論付けられるでしょう。 ただし、昭和時代以前のイメージの強い年配の方には、自分より立場の低い人から「お疲れさまです」と言われると嫌悪感を抱くかたも少なくないようです。 その場合には 「お世話さまです」などの表現を使ってみたり、 「お疲れさまでございます」といった丁寧な語尾をつけるなどの配慮があるとよいかもしれません。 とはいえ、こういったねぎらいの言葉に大切なのは、気持ちです。 相手を本当に思いやった言葉であれば、どんなワーディングであっても伝わるはず。 マナーばかりに気を取られて心が置いてけぼりにならないように、言葉には気持ちを込めていきたいものです。 おわりに 「言葉は変化するものである」、「言葉は生き物である」、そんな表現がされることがよくあります。 しかし、言葉の変化を知ることは、日本文化の変化をも知ることにつながります。 言葉の意味表象の遷移を目の当たりにするたび、私は言葉が文化を旅しているように思えてなりません。 旅することばって、おもしろい! トギーがお届けしました。 それでは、また!.

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「お勤めご苦労様でした」を言うときの目上の人への正しい言葉使い

ご苦労 様 意味

警察が登場するドラマでは「ご苦労様です」という言葉が頻繁に登場します。 例えば主人公が張り込みをしているシーンで、別の人と張り込みを交代する時「ご苦労様です」という言葉とともに任務を交代します。 ドラマやアニメの影響で「ご苦労様です」がねぎらいの意味を持つことを知ったという人も少なくないでしょう。 また執事や使用人といった立場の人は、主人に対して「ご苦労様です」という表現を使うことがよくあります。 雇い主と雇われた人という立場の上下はありますが、生活を共にしているという関係性から「ご苦労様です」という言葉がよくつかわれます。 年配の執事の老人が「ご苦労様です」と言っている姿を想像できるという人も多いでしょう。 海外での「ご苦労様」 「ご苦労様」という言葉は敬語表現ではありません。 そもそも「ご苦労様」という言葉の語源は、目上の人が目下の人に対し「ご苦労」と労をねぎらったことに起因します。 「ご苦労」という言葉に「様」という言葉をつけても、目上の人が目下の人にいう言葉であることに変わりはありません。 よって敬語を使うべき場面で使ってしまうと失礼に当たってしまいます。 また「ご苦労様」という言葉を使うのは直接会っている時に限った方が良いでしょう。 手紙やメールでは相手の顔が見えないため、できるだけ丁寧な言葉を使うことをおすすめします。 しかし親から子への手紙のような、明確に相手の気持ちがわかっている場面ではその限りではありません。 立場の上限関係 相手の仕事や労働をねぎらう言葉は必ずしも必要なものではありません。 しかし、だからこそ、何か物事をしてもらった時に「ご苦労様」と労をねぎらうことはとても重要なことです。 労をねぎらうことは、相手のことをより深く知ろうと考えることであり、より良いコミュニケーションを作る上で欠かすことはできません。 また「ご苦労様」という言葉と共にどんなアクションを起こすかによっても相手に与える印象は変わってきます。 肩をポンと叩いたり、肩を揉んであげたり、拍手を送ったり、握手をしたり、飲み物やお菓子を差し出したり、言葉と共に行動を付け加えることで相手への感謝と敬意をより示すことができます。 コミュニケーションが希薄になったといわれる現在において、「ご苦労様」から生まれるコミュニケーションは重要視すべきでしょう。 相手の苦労を知ることで相手のことをよく知る良いきっかけになります。

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