少女革命ウテナ アンシー。 少女革命ウテナ ウテナとアンシーが同一人物だとして: 物語を考察する

「少女革命ウテナ」姫宮アンシーはなぜモテるのか

少女革命ウテナ アンシー

いきなり核心から入るが、天上ウテナと姫宮アンシーは二人で一人、つまり同一人物である。 『少女革命ウテナ』という物語を極端に要約すると、 「現実世界があまりに過酷なため、丸ごと一人では生きられず、半分に分裂した虚構として生きていた女の子が、最後に元の一人の人間にもどる」 ということになる。 〜突然の事故で両親を失い一人残された幼い少女は、残酷で理不尽な世界への恐怖と、有限の命への絶望のため柩(ひつぎ)の中に閉じこもり、生きること自体を放棄してしまっている。 また、その後ウテナはなぜ「王子様」を装ったのだろうか。 だがウテナは柩の外へと出る。 そしてそこに重要なギミックがある。 ・ 『少女革命ウテナ』の革新的で面白いところのひとつは、同一人物である天上ウテナと姫宮アンシーを同時に登場させている点だろう(たしかにそれが物語を難解にさせている一因でもあるが)。 ウテナの場合、自分の中の闇や絶望を閉じ込めることによって、残酷な世界の中でも光の王子という虚構として生きることが可能になった。 ・ このように、ウテナとアンシー(王子と魔女)は、闇を閉じ込める光、あるいは光を閉じ込める闇という風に、互いに相手を封印することにより存在している偽りの人間、絶望から生まれた虚構の役者たちであり、これが二人(一人)の関係の基本構造となっている。 やがて不完全な彼女(たち)は原初に戻る。 この物語上で王子が救出する囚われの姫君とは、かつて自分が王子として存在するために自ら閉じ込めた魔女である。 このことは、王子による姫の救出が最初から不可能だったことを意味する。 なぜなら、王子は魔女を封じ込めることによってのみ存在できる虚構だから。 王子が魔女を救出することは、ウテナとアンシーを存在させているシステム、つまり王子と魔女の物語世界そのものを破壊することだからである。 事実、ラストでウテナがアンシーを開放した瞬間に彼女(たち)の存在を支えていた世界は崩壊する。 そしてウテナは消え、残されたアンシーもすでに魔女ではなくなっているのである。 しかしそれは少しも悲劇ではなく、これ以上ないハッピーエンドであり、完全に新しい物語の始まりといえるだろう。 単独では虚構にすぎない光と闇はこうしてひとつになった。 ・ 単に物語の筋が変わったのではなく、物語の枠組み、それ自体を破壊して完全に別の新しい物語へと創り変えること。 世界のシステムの外側に出て、世界の意味そのものを変化させること。 ウテナの「やっと会えた」というセリフは、あの時置き去りにしてしまったもう一人の自分に語りかけたのだ。 これは「光の王子は闇を封印する 犠牲にする ことで存在している」という構造を、「闇が光を救うために自ら犠牲になった」と、逆に闇の立場から捉えた表現である。 だが、結局のところウテナとアンシーがもともと同一である以上、この二つは同じことであり単なる表現上の違いでしかない。 そしてクライマックスでアンシーはウテナの背中に剣を突き立てるのだが、それは特に裏切りとは言えないだろう。 ウテナもアンシーも本来相手の苦痛の根源としての存在なのであり、だからこそお互いを封印したのだ。 ここでひとつ。 」〜 というセリフについて。 これは鳳学園での生活のことをいっているのではない。 それ以前の昔、ウテナが柩に入る前、一体となったリアルな生を二人で(一人で)生きていた当時のことを指している。 〜鳥は卵から出るために戦う。 卵は世界である。 生まれようとするものは世界を破壊しなければならない。 〜 これはそのまま『少女革命ウテナ』のテーマにつながっている。 そして、そのあと『デミアン』ではさらに、 〜鳥は神へと向かって飛ぶ。

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少女革命ウテナ 解説_1.ウテナとアンシー

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少女革命ウテナで暁生とアンシーが肉体関係を持っているのはなぜでしょうか。 少女革命ウテナTVシリーズの作中で、兄妹である暁生とアンシーは肉体関係のある設定になっています。 この二人の間に恋愛感情はなく、また暁生が一方的にアンシーを求めているような印象を受けたのですが、この関係の意味するところは一体何なのでしょうか。 また、アンシーは暁生とウテナがほぼ相思相愛の状態であることをどう受け取っていたのでしょうか?ウテナが彼女を妬かせる為にわざと目の前でデートの約束をとりつけた時、アンシーが珍しく大きな声をあげて「駄目です」というシーンがありました。 しかし物語を見終わってみるとこれはウテナに対する嫉妬というよりも暁生に近づくウテナを牽制し、彼女を守ろうとしているのかなという気もします。 皆さんの意見、解釈を聞かせてもらえれば嬉しいです。 一個人の考えですが、私が思うに暁生はアンシーに対して、憎悪と少しの愛情を持っていたように思えます。 暁生がまだみんなの王子様でディオスであったとき、唯一ディオスを守ろうとしたのはアンシーひとりだけでした。 結果としてはアンシーが犠牲になってしまいましたが、その事に対して少なからず暁生に愛情を感じさせたと思います。 またアンシーに対する独占欲を持ってるように思えます。 アンシーがウテナとの会話で自分には見せない顔やしぐさを するようになり、それに対して嫌悪感や憎悪を感じていたのではないかと思われます。 アンシーを抱くことは、そういった独占欲を埋めるとともに、アンシーの主人(?)が誰であるのか、また嫉妬させたことに対する おしおきみたいな感じじゃないかと思います。 ウテナに対する忠告はそんな兄を知っているからこそであり、質問者様と同じでウテナを想ってのことだと想います。 こなアニメは哲学的で子供の頃は全然意味がわかりませんでしたが、大人となった今でも すべてを理解するのは難しく、奥が深いアニメだと思います。

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原作コミックス『少女革命ウテナ』感想考察ネタバレ 漫画とアニメの違い 結末

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現在ビデオではプライム会員限定でアニメ「」が見放題です。 そんなわけで、私はこのたび4度目となる視聴をしています。 「」というアニメは、1997年に放送された少女向けアニメです。 「」に似た雰囲気を持ちながらも、のような独特な世界観と演出をもち、子供向けと歌いながらもそうとは思えないドロドロの人間模様を描いたファンタジックアニメです。 コアなファンをたくさんもち、放送から20年たった今でもたくさんの人に愛されています。 私が「」を初めてみたのは10年前の高校生の時です。 当時よく訪れていたにたくさんのパロディ動画があがっているのを見て、興味をもちました。 最初は昔ながらのキャラクターデザインと作風に眉をしかめたものですが、3話まで見た時にはすでに虜になっていました。 「」のストーリーをものすごく簡単に説明しますと、「王子様になりたい!」と憧れるという男装をした少女がアンシーという同級生の少女を守るため(変えるため)に、様々な人物と決闘していく物語です。 私は今回で4回目の視聴となりますが、毎回違う解釈をすることができて、何度見ても面白いです。 そして今回は「アンシーはなぜあんなにもモテるのか」という点に注目してみました。 スポンサーリンク アンシーとは? 出典: 「」を知らないという人に向けて説明しますと、アンシーとは上の画像に映るメガネをかけた紫の髪をした少女です。 一緒に描かれているのが主人公のです。 アンシーは作品の中で一番男性からモテている描写が多いです。 彼女が「世界を革命する力」を授ける力を持っている特殊な少女であるということもありますが、主要キャラである西園寺や幹が彼女に恋い焦がれている場面は何度も描かれています。 今回改めて「」を視聴するまで、私はあまりアンシーが好きではありませんでした。 なぜこんなにもアンシーが男性からモテているのか理解できませんでしたし、大人しくあまり感情をあらわにしないアンシーがどことなく不気味に感じていたからです。 「正直言って、の方が可愛いし性格良いじゃん!」と思っていましたし、昔の私はに憧れていました。 でも色々とモテを研究し、自分も少しづつモテるようになってきた今だからこそアンシーがあんなにも男性からモテる理由がわかりました。 アンシーの特徴を簡単にあげてみたいと思います。 美人だけどメガネをかけており、周囲と比べると地味• 誰にでも丁寧に平等に接する• 誰の事も批判しないし、悪口を言わない• 大人しく、基本的に自己主張をしない• 感情の波が少なく、穏やかで安定している• 微笑んでいることが多い• 決闘の勝者に従属し、勝者の言うことはなんでも聞く• 女性キャラにものすごく嫌われている こうやってあげてみると私が思うモテる女性の特徴がとても当てはまります。 今回はアンシーのについてとりあげたいのですが、軽く外見についても書きます。 アンシーは美人ですが、メガネをかけており、髪色も紫と暗めで周囲と比べると地味です。 現実世界だと紫の髪って十分派手ですが、ピンクの髪をしたや、オレンジ色で縦ロールの樹璃、金髪のなど明るい髪色で派手な女性キャラが多すぎて地味に見えます。 「地味だけどよく見ると美人」という女性はとてもモテます。 というよりも美人で派手な人は「一人で生きていけそう」「男が守る必要はない」と判断されてしまい、あまり男性からモテないです。 でもや樹璃のような美人な上に男性にこびてなくて信念を持って生きている女性はとてもかっこいいので女性にモテます。 実際に2人は女性に囲まれている場面がとても多いです。 や樹璃は女受けに特化したキャラなんです。 だから女性の視聴者が多い「」では人気のあるキャラだと思います。 それに対してアンシーは男受けに特化したキャラで、だからこそ見てる女性をモヤモヤさせる存在です。 「野暮ったくて地味なのにモテる女性」を多くの女性は理解できません。 理解ができないからこそ不気味に感じ、嫌いになるのです。 実際にアンシーは作中でも「親の仇」であるかのように多くの女性から嫌われています。 そして「なんであんたなんかが!」と言われます。 地味なのにモテる女性については以前記事にしましたので、気になる方はどうぞ。 では本題のアンシーのについて書いていこうと思います。 スポンサーリンク アンシーはすべてを諦めているからすべてを受け入れられる アンシーってとても冷めた印象がありませんか。 笑っているのに笑っていない。 初めて「」を見た時からそう感じていました。 実際にアンシーって「私に〇〇してくれるかな?」といったような期待を誰にもしません。 ただ淡々と目の前のことを受け入れ、決闘の勝者の言いなりになる。 「誰にも期待しない」ってとても冷たい人のように思うかもしれませんが、だからこそすべてを受け入れることができます。 例えば好きな人に好きになってもらえなくても初めから期待をしていなかったらその事実を受け入れることができますよね。 でも好きな人に「私を好きになってくれるかも」という期待をしてしまうと、失恋した事実を受け入れるのが困難になります。 アンシーは過去に様々なことがあり、すべてを諦めて淡々と生きています。 だからこそ周りの人が何をしようが何を言おうが「どうでもいい」と思っていて、自分に向けられる感情や言動のすべてを受け入れることができるのです。 しかもアンシーは周りの人が求めるように振る舞うこともできます。 西園寺が交換日記を望めばそれを拒絶することなく受け入れるし、幹が望むピアノの音色も再現しました。 普通は男性に求められるがまま振る舞うことって難しいです。 なぜなら女性にも感情があり、自己主張する口があるからです。 例えばもし私が現代で男性から交換日記を求められたら「今時!?」「めんどくさい」と拒絶するでしょうし、幹が望むピアノの音色も「なにそれ」とはなから諦めていると思います。 でも多くの男性が自分のありのままを愛してくれる存在に恋い焦がれます(これは女性も同じ)。 かっこわるいところもドジなところもダサいところも、幻滅することなく拒絶することもなく受け入れてくれる。 アンシーはそれができる女性なんです。 そんなアンシーの包容力は、普段の振る舞いからも見て取れます。 常に微笑んでいて穏やかで、急に怒ったり泣いたりすることなく精神的に自立している。 こういう女性は男性から「めんどくさい」と思われないので、モテます。 言い換えれば男性から「めんどくさい」と思われなければかなりモテるようになるのです。 でも多くの女性が「他人のすべてを受け入れるなんてできない!難しい!」と思うはずです。 私も好きでもない人のすべてを受け入れることは難しいです。 そのためアンシーのような女性ってマンガやアニメの中だけの存在のように思うかもしれませんが「すべてを諦めているからすべてを受け入れられる」ことができる人って現実世界でも存在します。 私の友人にもいました。 それは複雑な家庭環境で育った女性です。 私のような一般家庭で育った人って、親を通して「他人に期待すること」を学ぶんだと思います。 望めば叶えてくれる、泣けばあやしてくれる、笑えば喜んでくれる。 そういった親の反応を得て、友人や恋人にも期待するようになる。 でも複雑な家庭環境で育った人の中には「他人に期待すること」を学びそびれた人がたくさんいます。 そのため誰にも期待せず、ありのままを受け入れることができるんだと思います。 だから「他人のすべてを受け入れることなんてできない!」と悩まないでください。 それは一般的な家庭で幸せに育ったという証で誇るべきことです。 でも幻滅や拒絶を隠す努力はしましょうね。 男性は女性よりも察する力が疎いといいますが、自分と言う存在を否定されたりしたらさすがに気がつきます。 否定したことや嫌っていることを悟られない様にするのは周囲に敵を作らないためにも必要です。 ストレスで余裕のない時以外はなるべく気をつけましょう。 第1話 薔薇の花嫁 chisatomorehappy11.

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