福島 フィフティ。 吉田昌郎と福島フィフティ (心のノンフィクション)

映画「Fukushima 50」公式サイト|2020.11.6(金)Blu

福島 フィフティ

仙台管区気象台の発表によると、地震の強さを示すマグニチュード(M)は8・8で、震源の深さは24キロ。 本県は浜通りや中通りの広い範囲で震度6強を観測。 沿岸部が津波に襲われたほか、各地で住宅の倒壊や土砂崩れ、火災などが発生、県によると午後10時現在、死者32人、行方不明者72人、重軽傷者10人を出す大きな被害に見舞われた。 県警によると新地町から相馬、南相馬市にかけた海岸沿いの地区に連絡がつかず、約300人が行方不明との情報もある。 福島第1原発2号機の炉心が損傷、放射能漏れの恐れが高く政府は原子力緊急事態を宣言、午後9時20分過ぎに半径3キロで避難指示を出した。 双葉、大熊両町民など約1万3千人が避難した。 地震発生直後、福島第1、第2の10基の原発は、福島第1の1~3号機の3基、福島第2全4基が自動停止した。 津波や土砂崩れなどの被害の大きさがあらためて浮き彫りとなった。 県によると同日午前10時現在、県内の死者は70人、行方不明者126人、重軽傷者219人。 東京電力福島第1原発1号機は、原子炉の圧力上昇により放射能漏れの可能性が高まり、半径10キロ圏内に避難指示が出され、第2原発でも炉心を冷やす水の温度が上昇、半径3キロ圏内に避難指示が出された。 周辺の双葉町など3町の全町民計約2万人が避難を始めた。 県内で避難している住民は自主避難を含め10万5千人に上る。 日本の原発で炉心溶融は初。 また午後3時36分ごろ、1号機で爆発があり、原子炉建屋が損傷、作業中の同社社員ら4人がけがをして病院に運ばれた。 内部の原子炉格納容器は損傷していなかった。 保安院関係者によると、中央制御室も壊れていない。 これを受け県は第1原発の避難指示を半径20キロに拡大した。 想定していなかった巨大地震が原因とはいえ、原発の安全性は大きく揺らぎ、地震国・日本での原発運転の在り方が厳しく問われることになった。 4号機では午前5時45分ごろ、作業員が原子炉建屋の3階北西付近から火災が発生しているのを見つけ通報した。 東電や経済産業省原子力安全・保安院は3号機の白煙について、使用済み核燃料プールからの水の蒸発量が増えて白煙が上がったと分析。 政府の原子力災害対策本部は「格納容器に重大な損傷が生じた可能性は低い」としている。 陸上自衛隊のヘリコプターによる水の投下を検討したが、上空の放射線量が高く、接近が困難なため16日中の実施は取りやめた。 警察当局は放射性物質の拡散を防ぐため、上空から水を投下できない4号機に地上から高圧放水車で放水する作業を早ければ17日から始める。 保安院によると、16日午前10時40分ごろ、福島第1原発の正門付近で、1時間当たり10ミリシーベルト(1ミリシーベルトは千マイクロシーベルト)と高水準の放射線量を計測した。 一般人の年間被ばく線量限度は千マイクロシーベルト。 4号機で早朝発生した火災は約30分後には見えなくなった。 けが人の情報はない。 15日午前にも同じ場所で火災があった。 進まぬ復興、重くのしかかる放射線や賠償問題。 一方では、隠れた課題や新たな問題が膨らむ兆しをみせる。 忘れない、忘れてはならない「あの日」からの苦しみを見つめ、3・11以降の進むべき道を探る。 「震災の後、タービンビル(建屋)からグラウンドへ、さらに免震棟へと避難したんだ。 家族と連絡を取りたいと家に帰る作業員も多かった。 俺は車に携帯電話を忘れていたから、逃げなかった。 家族と連絡できなくなるのを恐れた。 そしたら『フクシマ50(フィフティー)』と呼ばれた一人になっていたらしい」。 東電の協力企業のベテラン作業員、高山悟さん(仮名)は海外で英雄視された呼称をいぶかしそうに口にした。 しかし、この日から数日間、事故原発との命懸けの闘いの現場にいた記憶は、鮮やかによみがえる。 本作品は、福島県内の自治体でも福島県、大熊町、双葉町、富岡町、川内村が撮影協力しており、製作委員会には福島民友新聞社が参加している。 事故直後に、内部に残り対応し続けた地元出身の作業員たち。 後に、彼ら50人の作業員を各国のジャーナリズムは、「Fukushima50」と名付けた。 外部と遮断されたイチエフ内で、人の手でやるしかない命がけの作業を、ノンフィクション作家の門田隆将が、90人以上の当事者に取材しまとめた渾身作の映画化だ。 当事者は実名で綴られている。 監督は、若松節朗(『沈まぬ太陽』『空母いぶき』『柘榴坂の仇討』『ホワイトアウト』)で、配役は、佐藤浩市、渡辺謙、安田成美、吉岡秀隆など大物揃いの大作だ。 大型のセットとCGで編集した迫力ある映像でスケールの大きな作品となっている。

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Fukushima 50(フクシマフィフティ)

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C 2020「Fukushima 50」製作委員会 2011年3月11日。 東北地方を襲ったマグニチュード9. 0、最大震度7という巨大な地震は誰も想定していなかった大津波を引き起こした。 津波は福島第一原子力発電所(イチエフ)を襲い、浸水によりイチエフは全電源を喪失、原子炉を冷やせないという状態に陥る。 このままではメルトダウンが引きおこり想像を絶する被害がもたらされてしまうため、1、2号機当直長の伊崎をはじめとする現場作業員は原発内に残り、制御に走り回る。 吉田所長は全体の指揮を執り行っており部下たちを励ましているが、本店や官邸からの状況の把握ができていない指示に怒りを示す。 そして現場の頑張りも虚しく事態は悪化し続け、近隣住民の避難を余儀なくされてしまう。 官邸の試算によると最悪の場合、被害範囲は東京を含む半径250キロメートル、対象人口は5,000万人・・・それはつまり東日本の壊滅を示すものだった。 唯一残された方法は「ベント」という未だ世界で実施されたことのない手段であり、作業員たちがなんと体一つで原子炉に突入して手作業で行うというもの。 外部との情報も遮断されてしまったなか、ついに前代未聞の作戦が始まる。 C 2020「Fukushima 50」製作委員会 「フクシマ50」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。 フクシマ50とは東北地方太平洋沖地震が起きた時に福島第一原子力発電所の対応業務に従事していた従業員のうち、事故後も現場に残り作業を続けた約50人の作業員に対し、日本国外のメディアが与えていている呼称のことです。 彼らは当時、混乱した状況下の中、度重なる原子炉爆発事故や火災が起き放射性物質が飛散した可能性があるため東京電力から避難警告が出たにも関わず現場に残り、被害を食い止めることに尽力しました。 放射能汚染の危険レベルは非常に高いものでしたが、そのリスクを承知で現場にとどまった彼らの名は「Fukushima 50」として広く日本国外に広まりました。 しかしそんな彼らの情報は東京電力によって氏名や勤務会社などの一切の情報の開示が禁じられています。 この映画の原作、門田隆将著「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」は90人以上の関係者の取材を基に執筆されたノンフィクション小説です。 とは海外メディアが付けた福島第一原発作業員たちの呼び名。 2011年3月17日の時点ですでにそう呼ばれていました。 — 映画『Fukushima 50』 フクシマフィフティ Fukushima50JP スポンサーリンク キャスト紹介 キャスト 佐藤浩市(伊崎利夫)…福島第一原発1・2号機当直長 渡辺謙(吉田昌郎)…福島第一原発所長 吉岡秀隆(前田拓実)…福島第一原発5・6号機当直長 解説 この映画の主演を務めるのは佐藤浩市です。 日本映画界を代表する実力俳優であり、父親も俳優である三國連太郎です。 俳優デビューは1980年、ドラマ「続・続事件 月の景色」であり、翌年映画「青春の門」でブルーリボン賞新人賞を見事受賞しています。 その後わき役がしばらく続いたといいますが、重厚な演技が話題となり出演作も増え、現在では数多くの主演作・ヒット作を持つ大俳優です。 賞の受賞も多数あり、「忠臣蔵外伝 四谷怪談」、「64 ロクヨン 前編」で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、「ホワイトアウト」、「壬生義士伝」では同最優秀助演男優を獲得しています。 映画『』劇中スチールを解禁。 2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生。 その直後、福島第一原発内の中央制御室で指揮を執る、1・2号機当直長の伊崎利夫。 さんが演じます。 映画の公開は2020年3月に決定しました。 — 映画『Fukushima 50』 フクシマフィフティ Fukushima50JP 福島第一原発所長を演じるのは渡辺謙です。 今や活躍の幅は日本を超え、世界で最も活躍している日本俳優の一人と言われています。 1982年に「未知なる反乱」でテレビデビュー、映画は1984年の「瀬戸内少年野球団」にて初出演を果たしました。 1987年に主演を演じたのNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」は大河ドラマ史上最高の平均視聴率である視聴者39. その後闘病生活を経て一時治療に専念していましたが俳優復活、2003年に「ラストサムライ」でハリウッドデビューを果たし第76回アカデミー賞助演男優賞や第61回ゴールデングローブ賞 助演男優賞などにノミネートされるなど海外でも高い評価を受けています。 その後も「バットマン ビギンズ」「硫黄島からの手紙」「GODZILLA ゴジラ」など日本を代表する国際俳優として活躍しています。 映画『』劇中スチールを解禁。 福島第一原発の免震重要棟内にある緊急対策室で、現場からの深刻な報告に表情が険しくなる吉田昌郎所長。 さんが演じます。 2020年3月全国ロードショー — 映画『Fukushima 50』 フクシマフィフティ Fukushima50JP 見どころ紹介&こんな人におすすめ C 2020「Fukushima 50」製作委員会 この映画は実際の関係者90人以上を取材して書かれた小説が基となっており、実際に現場で起きていたことを知ることができる映画です。 見どころは正にそこであると言え、2011年3月11日未曾有の大災害が日本を襲う最中、被害を食い止めようと必死に闘った人たちの存在を、そして彼らが感じたであろう緊張感をリアルに感じることができます。 彼らの想いや闘いをニュースなどの報道機関で私たちが知ることは難しいですが、だからこそこの映画の存在が大きな意味を持ってくるのだと思います。 この映画は本当に全日本国民に観ていただきたいといえるものです。 あの時、あの時間に起こったことを私達は知り、そして忘れることなく世界に発信していく義務があるのだと思います。 ついに観てしまった。 フクシマフィフティの試写。 いろんな思いが溢れて今は言葉もありません。 父は技術者の端くれとして福島第一、第二原発に関わった。 浜岡の原発にも敦賀の原発にも出向した。 来年公開されたら、これだよって言ってみせてあげよう。 東北大震災から9年経とうとしていますがあの時おこった出来事を忘れることのないよう、今こそ見るタイミングである映画でしょう。 試写会の応募も行われており、応募者全員にムビチケ50円引きになるプロモーションコードがもらえるみたいなので是非応募してみてください。 参照: 拙著『死の淵を見た男』が原作の映画「Fukushima50」の全国試写会が決定。 あの福島第一原発で何があったのか。 渡辺謙、佐藤浩市両主役の迫力に息を呑む。 病身を押して長時間取材に応えてくれた故吉田昌郎氏に観てもらえない事だけが残念。 — 門田隆将 KadotaRyusho.

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映画『Fukushima 50』(フクシマフィフティ) ワールドプレミア、五嶋龍出演オープニングアクトレポート

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この映画は未見だが、実際に見に行った人たちの感想を読むと、相当にひどいらしい。 最大の問題は、この映画が事故対応の経緯に関する事実を大きく歪めていることだ。 地震は3月11日午後に起き、その日の夕方から、福島第一原発は危険な状態になっていた。 12日未明、総理は自衛隊のヘリで現地へ向かい、視察した。 この現地視察は当時から、批判された。 「最高責任者が最前線に行くなどおかしい」というのが批判の理由だ。 映画は、この立場から批判的に描く。 さらに、「総理が現地へ行くことになったのでベントが遅れ、被害が拡大した」したというストーリーに仕立てている。 いまもこのストーリーを信じている人は多い。 総理の視察とベントの遅れとの因果関係は、何種類も出た事故調査委員会の報告書で否定されている。 遅れたのは、手動でやらなければならず、準備に時間がかかったからで、これはこの映画でも詳しく描かれている。 映画では、準備が整い決行しようと思ったところに、東電本店から「総理がそっちへ行くので、それまでベントを待て」と言われ、できなくなったことになっている。 吉田所長の感覚としてはそうだったのかもしれない。 だが、菅首相としては「午前3時にベントをする」と伝えられていたのに、3時を過ぎても「遅れていること」も、「遅れている理由も」も知らされない状態だったので、「行くしかない」となったのだ。 その首相側の事情は描かれていない。 12日午後、一号機が爆発する。 映画では、首相は官邸の危機管理センターにいて、そのモニターでリアルタイムで知ったかのように描かれている。 しかし実際はこういう経緯だ。 爆発は15時36分。 菅首相は15時から与野党の党首会談に出席し、16時過ぎに終わった。 執務室に戻ると、危機管理監から「福島第一原発で爆発音がした。 煙も出ている」との報告を受けたが、管理監も「詳しいことは分からない」と言う。 しばらくして、白煙が上がっているらしいとの情報も入る。 そこで東電から派遣されている武黒フェローを呼んで訊くと、「そんな話は聞いていません」との答え。 武黒フェローは「本店に電話してみます」と言って問い合わせたが、「そんな話は聞いていないということです」と言う。 菅首相は原子力安全委員会の斑目委員長に「どういう事態が考えられますか」と質問し、委員長が「揮発性のものがなにか燃えているのでは」と答えたとき、秘書官が飛び込んできて、「テレビを見てください」と言う。 テレビをつけると、日本テレビが、第一原発が爆発しているのを映していた。 実際に爆発してから1時間が経過しており、その間、東電からは何の報告もなく、首相は、一般の国民と同時刻に、テレビで知ったのである。 東電の本店と福島第一原発はモニターでつながっているので、本店はリアルタイムに知っていたはずだが、それを伝えなかった。 問い合わせにも「聞いていない」と答えた。 そういう東電本店のお粗末さが、この映画では描かれない。 (略) もうひとつの重要シーンは、3月15日だ。 午前3時頃、菅首相は、東電が現場から撤退したいと言ってきたとの報告を受けた。 誰もいなくなったら原発の暴走を止めることはできず、日本は壊滅する。 しかし、このまま、職員が現場にいたら、命が危ないのも事実だった。 東電社員は民間人である。 民間人に、政府が「命をかけろ」と命令できるのか。 法律上は総理にはそんな権限はない。 だが、菅首相は「撤退はありえない」と、官邸に来た東電の社長に伝えた。 日本を守るためには東電に対処してもらうしかないのだ。 さらに、午前5時半過ぎに、東電本店へ行き、事故対策にあたっているオペレーションルームで、「命をかけてください」と呼びかけた。 映画ではこのシーンでも、「総理」はヒステリックにわめいているが、実際はどうだったか。 (略) 「今回のことの重大性はみなさんが一番わかっていると思う。 政府と東電がリアルタイムで対策を打つ必要がある。 私が本部長、海江田大臣と清水社長が副本部長ということになった。 これは2号機だけの問題ではない。 2号機を放棄すれば、1号機、3号機、4号機から6号機。 さらには福島第二サイト、これらはどうなってしまうのか。 これらを放棄した場合、何か月後かには、全ての原発、核廃棄物が崩壊して放射能を発することになる。 チェルノブイリの2倍から3倍のものが10基、20基と合わさる。 日本の国が成立しなくなる。 何としても、命がけで、この状況を抑え込まない限りは、撤退して黙って見過ごすことはできない。 そんなことをすれば、外国が「自分たちがやる」と言い出しかねない。 皆さんは当事者です。 命を懸けてください。 逃げても逃げ切れない。 情報伝達は遅いし、不正確だ。 しかも間違っている。 皆さん、委縮しないでくれ。 必要な情報を上げてくれ。 目の前のことも、5時間先、10時間先、1日先、1週間先を読み行動することが大事だ。 金がいくらかかっても構わない。 東電がやるしかない。 日本がつぶれるかもしれない時に撤退はあり得ない。 会長・社長も覚悟を決めてくれ。 60歳以上が現地に行けばよい。 自分はその覚悟でやる。 撤退はあり得ない。 撤退したら、東電は必ずつぶれる。 」 映画での、「総理」の発言は、もっと短く、「逃げられない」と絶叫しているだけだ。 省略はいいとして、全体の主旨まで歪めているのは、どういう意図だろう。 (略) どの段階で誰が、「総理大臣を悪役にする」と決めたのかは知らないが、出発点がそこにあるので、演技も演出も、「総理」登場シーンだけは、事実とはかけはなれてしまっている。 当時の民主党、菅直人政権を批判するためのプロパガンダ映画として作られたのなら、その目的は達成されるだろう。 しかし、そんなことが目的の映画だったのか。 この映画は菅直人首相(当時)を悪役に仕立てる一方で、吉田昌郎福島第一原発所長(当時)を英雄化して描いている。 しかし、吉田所長は東電の原子力設備管理部長だったとき、福島沿岸に15. 7mの津波がありうると予測した報告を潰した張本人だ。 原発は歴代自民党政権と地域独占電力会社が作り続けてきたもので、 菅直人はたまたま事故当時政権の座にあっただけだが、吉田所長はあの事故の原因を作った責任者の一人なのだ。 吉田さんが2010年6月に1F所長に就任してあいさつする場面がありました。 それ以前は、本店の原子力設備管理部長。 7mの津波予測(津波地震)をつぶし(2008年7月、日本原電はこれに対策を施した)、東北電力の貞観津波報告書を書き換えさせた(2008年11月)、その責任部署の部長だったのです。 — 添田孝史 sayawudon 命を投げ出して奮闘する現場作業員らは、そんな事実を知りません。 大津波予測はちゃんと事前にあった。 それを握りつぶした張本人である吉田さんは、その後始末のために部下たちを高線量、爆発の危険性のある現場に向かわせる。 たぶん、苦しかったと思います。 そこまで描くと映画、もっと深く凄いのに。 — 添田孝史 sayawudon 吉田さんは、津波予測が引き上げられて15mの対策をせねばならなくなったとき、その対策を拒絶し、葬った張本人なのです。 要は、福島核災害を引き起こした真犯人なのです。 拒絶した理由は、「そんなことをしたら採算がとれなくなる」です。 — Hiroshi Makita Ph. つまりは、最初から「そんなことが目的の映画」だったのだ。 なぜというより、映画の目的がはじめから、原発擁護であり民主党政権叩きが目的だからでしょ。 桜案件さえなければ、選挙にぶつけたかったでしょうに。 試写会で見ましたがひどいものでした。 【関連記事】.

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