関 ジャム 岡村 靖幸。 『関ジャム』が岡村靖幸を徹底解剖! 「唯一無二の岡村語」を支える”こじらせ男子目線”|日刊サイゾー

岡村靖幸が「関ジャム」に登場、寺岡呼人と川谷絵音が本人の前で天才ぶりを解説

関 ジャム 岡村 靖幸

【関ジャム】アーティストゲストはだれ? まずは、アーティストゲストの川谷絵音と寺岡呼人がどんな音楽家なのかをお伝えしていきます。 川谷絵音 「ゲスの極み乙女。 」のギターボーカルとして知られる川谷絵音。 「ゲスの極み乙女。 」以外にも「indigo la End」など複数のバンドを掛け持ちしつつ、ソロとしても活動をしています。 また、バンドのプロデュースやアーティストへの楽曲提供もし、川谷絵音自身も正確な数を把握できないほどの数のプロジェクトを同時並行で進めているとか・・・ 寺岡呼人 様々な有名アーティストの作詞・作曲・編曲などをしている音楽家の寺岡呼人 てらおか よひと。 「ゆず」や「植村花菜」などのプロデュースとしても知られています。 関ジャム出演決定! 是非ご覧くださいね。 レコーディングの際は、全ての楽器を自ら演奏しており、マルチプレイヤーでもあります。 また、1986年のデビュー後オリジナルアルバムを6枚発表しています。 丸山隆平 Vo. 安田章大 Vo.

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岡村靖幸

関 ジャム 岡村 靖幸

写真 「ラブメッセージ」(SPACE SHOWER MUSIC) 3月29日放送『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)が、岡村靖幸を特集した。 しかも、本人がスタジオに登場するというスペシャルな内容だ。 ライブでは本人はMCをまったく行わず、特に1990年代以降は瞬く間にミステリアスな存在へとなっていった岡村。 もちろん、今までに彼が犯した覚せい剤取締法違反による3度の逮捕(2度の実刑判決)も、そのミステリアスさに拍車をかけている。 オープニングでは、Mr. Childrenの桜井和寿が岡村を語る熱いコメントが紹介された。 それは、岡村が90年にリリースした名盤『家庭教師』を桜井がレビューした「月刊カドカワ」(角川書店)96年5月号からの引用だった。 番組ではダイジェスト的に紹介された文章を、あらためて以下に記したい。 「このアルバムを聴いた人には、わざわざそのものすごさを説明するまでもなく、聴いてない人には、ただただ同情する。 そして僕は悔しいながらも、このアルバムに打ちのめされた。 もはやこの人が天才だろうが、紙一重で背中合せしたその向う側の人であろうが、はたまた和製プリンスであろうが、M・ジャクソンであろうが、岡村靖幸さんの音楽を形容するものには何の意味もないことに気付いた。 それ以降の僕は、この日本におけるミック・ジャガーでもスプリングスティーンでもデビッド・バーンでもなく、岡村靖幸Part2になりたいと、悪戦苦闘しながら音楽と愛し合っている」 「こんな奴はメインでやれない」と思われ、裏方の作曲家に 番組はまず、岡村靖幸ヒストリーを紹介する。 岡村は86年デビュー組で、同期には久保田利伸、徳永英明らがいる。 実は岡村はもともとソロアーティストではなく、19歳からプロの作曲家として活動を開始した。 当時(85〜86年ごろ)、渡辺美里チームでメインソングライターの役目を担っていたのは小室哲哉と岡村靖幸で、大ざっぱに分けるとポップ寄りの楽曲を小室が、ファンキーな楽曲は岡村が渡辺に提供していた。 「GINZA」(マガジンハウス)2017年4月号で岡村と小室は対談し、当時を振り返っている。 岡村「どっちの曲を次のシングルのA面に採用するか、毎回コンペをするんです。 僕はよく負けました」 小室「そんなことはないよ(笑)」 そもそも、若き日の岡村が最初にアプローチしたのは大沢 (現・大澤)誉志幸のディレクターだった小林和之である。 以下、その小林氏の談。 「会社(エピックレコード)に呼んだら(岡村が) 来たんだけど、まだ若いから礼儀もなにもなってなくて(笑)。 でも持ってきたデモテープ聴いたら、戦慄が走った。 (中略)最初に持ってきた曲が、ギターで作ってたからメロディのレンジ (音域)が弱かった。 それであきらめさせようと思って、ピアノで曲を作れと言ったらピアノは弾けないと。 それで帰って何カ月かしたらまた来た。 (中略)それで作ったというのを聴いたら、すごいメロディックになっていてビートルズ入ってるし驚いた。 でも、こんなヤツ、メインでやれないだろう、コンポーザーだろうと。 野犬というか、野放しの感じだった」(「ミュージック・マガジン」12年3月号より ) その後、裏方だった岡村は、21歳でソロアーティストとしてメジャーデビューする。 渡辺のレコーディング中になんとなく踊っていたダンスが独創的だと 小林の上司の小坂洋二ディレクターが見いだし、デビューの運びとなったのは、ファンの間で語り草だ。 「アイツ、妙な踊りするんですよ。 なんちゃってマイケル(・ジャクソン)みたいな。 つまり、歌詞である。 「歌詞に、聴いたことのないワードがいっぱい入ってくるんですよ。 それまでの歌謡曲やニューミュージックなど70年代、80年代にある音楽とはまったく違った言葉の乗せ方。 進化させたというか、唯一無二にさせたイメージが僕にはあるんですね」(寺岡) ファンクがベースにある岡村の楽曲に日本語は乗せづらいはずだが、独自のワードセンス「岡村語」によって日本語を洋楽のような語感でマッチさせていると寺岡は説く。 具体例として挙がったのは2つの曲だ。 1つ目は3rdアルバム『靖幸』収録の「Vegetable」からの一節。 「請願書読んだMy Friend? 本妻すんならあの子に決めてんだ」 そして、同じく『靖幸』収録の「聖書」から。 「自分らしさ、あと、ノリのいい音楽をやったときに歌詞のグルーヴも踊ってるような抑揚感のあるものにせねばと腐心したことは確か」 岡村が34年の活動期間で発表したアルバムは、たった7枚。 極端な寡作アーティストとして有名だ。 その理由として容易に推測できるのは、彼が苦手と公言している歌詞作りである。 事実、過去のインタビューで、こう発言している。 ただ、歩いていると降りて来るとか、そういうのではないということは確か。 むしろ、その真逆。 どんなときでも……まぁ……生まれるというか」 (「Weeklyぴあ」07年10月25日号より ) 今回の特集でも、岡村は歌詞作りのこだわりに言及した。 「歌詞がイヤだと……ああイヤだなあって。 「岡村さんが影響を受けてきたであろうブラックミュージックの歌詞は、ナルシスティックに直接的な性を歌う曲が多いですが、岡村さんはそこに『こじらせ男子』要素を織り交ぜることで、まったく新しい表現を作りました。 歌詞でも『君にモテたい』ということをはっきりと言い切っていますが、それはどれも自分に言い聞かせる妄想の中の独り言のようにも聞こえます。 それらが前のめりな気持ちや、童貞感=余裕のあるモテ男の曲ではなく、どこか身近なものに感じ、一聴してナルシスティックに聞こえるようでも『岡村さん』ではなく『岡村ちゃん』と呼ばれ、愛される要因の一つなんではないでしょうか」 つまり、岡村が作る楽曲は、モテない男目線の描写が多いのだ。 例えば、「友人のふり」には「あんまりもてなかった方だし 臆病で正直じゃないから あいつの代わりになれやしないけど」という歌詞が登場する。 「愛はおしゃれじゃない」には「モテたいぜ君にだけに いつもそればかり考えて」というパートがある。 この世界観に、関ジャニ・横山裕が疑問を呈した。 横山「岡村さん、ものすごいモテてきてるじゃないですか?」 岡村「どうしてそう思うんですか!? 」 横山「いや、映像を見させていただいてもカッコいいし、モテない要素がないじゃないですか? なのに、モテない歌をなぜ作れるのかなっていう素朴な疑問です」 岡村「ねえ。 あの、うん……そんなにうまくいってないッスよ」 ミュージシャンが思春期の頃を振り返った書籍『14歳』(著・佐々木美夏/エムオン・エンタテインメント)で、岡村は10代の頃の恋愛を振り返っている。 二股かけられて、あなたは本命じゃなかったと言われて振られたことがあるので、そういう人にリベンジしたいなとは思ってましたけど。 「ありますね。 あります。 すごくあります」 3月25日、岡村は4年ぶりのニューアルバム『操』をリリースした。 収録は全9曲で、「成功と挫折」「ステップアップLOVE」「遠慮無く愛してよ」といったタイトルの曲が並ぶ。 相変わらずの「岡村ちゃん」っぷりである。

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【関ジャム】岡村靖幸を大特集!リスペクトされる理由は?

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3月29日放送『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)が、岡村靖幸を特集した。 しかも、本人がスタジオに登場するというスペシャルな内容だ。 ライブでは本人はMCをまったく行わず、特に1990年代以降は瞬く間にミステリアスな存在へとなっていった岡村。 もちろん、今までに彼が犯した覚せい剤取締法違反による3度の逮捕(2度の実刑判決)も、そのミステリアスさに拍車をかけている。 オープニングでは、Mr. Childrenの桜井和寿が岡村を語る熱いコメントが紹介された。 それは、岡村が90年にリリースした名盤『家庭教師』を桜井がレビューした「月刊カドカワ」(角川書店)96年5月号からの引用だった。 番組ではダイジェスト的に紹介された文章を、あらためて以下に記したい。 「このアルバムを聴いた人には、わざわざそのものすごさを説明するまでもなく、聴いてない人には、ただただ同情する。 そして僕は悔しいながらも、このアルバムに打ちのめされた。 もはやこの人が天才だろうが、紙一重で背中合せしたその向う側の人であろうが、はたまた和製プリンスであろうが、M・ジャクソンであろうが、岡村靖幸さんの音楽を形容するものには何の意味もないことに気付いた。 それ以降の僕は、この日本におけるミック・ジャガーでもスプリングスティーンでもデビッド・バーンでもなく、岡村靖幸Part2になりたいと、悪戦苦闘しながら音楽と愛し合っている」 「こんな奴はメインでやれない」と思われ、裏方の作曲家に 番組はまず、岡村靖幸ヒストリーを紹介する。 岡村は86年デビュー組で、同期には久保田利伸、徳永英明らがいる。 実は岡村はもともとソロアーティストではなく、19歳からプロの作曲家として活動を開始した。 当時(85〜86年ごろ)、渡辺美里チームでメインソングライターの役目を担っていたのは小室哲哉と岡村靖幸で、大ざっぱに分けるとポップ寄りの楽曲を小室が、ファンキーな楽曲は岡村が渡辺に提供していた。 「GINZA」(マガジンハウス)2017年4月号で岡村と小室は対談し、当時を振り返っている。 岡村「どっちの曲を次のシングルのA面に採用するか、毎回コンペをするんです。 僕はよく負けました」 小室「そんなことはないよ(笑)」 そもそも、若き日の岡村が最初にアプローチしたのは大沢 (現・大澤)誉志幸のディレクターだった小林和之である。 以下、その小林氏の談。 「会社(エピックレコード)に呼んだら(岡村が) 来たんだけど、まだ若いから礼儀もなにもなってなくて(笑)。 でも持ってきたデモテープ聴いたら、戦慄が走った。 (中略)最初に持ってきた曲が、ギターで作ってたからメロディのレンジ (音域)が弱かった。 それであきらめさせようと思って、ピアノで曲を作れと言ったらピアノは弾けないと。 それで帰って何カ月かしたらまた来た。 (中略)それで作ったというのを聴いたら、すごいメロディックになっていてビートルズ入ってるし驚いた。 でも、こんなヤツ、メインでやれないだろう、コンポーザーだろうと。 野犬というか、野放しの感じだった」(「ミュージック・マガジン」12年3月号より ) その後、裏方だった岡村は、21歳でソロアーティストとしてメジャーデビューする。 渡辺のレコーディング中になんとなく踊っていたダンスが独創的だと 小林の上司の小坂洋二ディレクターが見いだし、デビューの運びとなったのは、ファンの間で語り草だ。 「アイツ、妙な踊りするんですよ。 なんちゃってマイケル(・ジャクソン)みたいな。 つまり、歌詞である。 「歌詞に、聴いたことのないワードがいっぱい入ってくるんですよ。 それまでの歌謡曲やニューミュージックなど70年代、80年代にある音楽とはまったく違った言葉の乗せ方。 進化させたというか、唯一無二にさせたイメージが僕にはあるんですね」(寺岡) ファンクがベースにある岡村の楽曲に日本語は乗せづらいはずだが、独自のワードセンス「岡村語」によって日本語を洋楽のような語感でマッチさせていると寺岡は説く。 具体例として挙がったのは2つの曲だ。 1つ目は3rdアルバム『靖幸』収録の「Vegetable」からの一節。 「請願書読んだMy Friend? 本妻すんならあの子に決めてんだ」 そして、同じく『靖幸』収録の「聖書」から。 「自分らしさ、あと、ノリのいい音楽をやったときに歌詞のグルーヴも踊ってるような抑揚感のあるものにせねばと腐心したことは確か」 岡村が34年の活動期間で発表したアルバムは、たった7枚。 極端な寡作アーティストとして有名だ。 その理由として容易に推測できるのは、彼が苦手と公言している歌詞作りである。 事実、過去のインタビューで、こう発言している。 ただ、歩いていると降りて来るとか、そういうのではないということは確か。 むしろ、その真逆。 どんなときでも……まぁ……生まれるというか」 (「Weeklyぴあ」07年10月25日号より ) 今回の特集でも、岡村は歌詞作りのこだわりに言及した。 「歌詞がイヤだと……ああイヤだなあって。 「岡村さんが影響を受けてきたであろうブラックミュージックの歌詞は、ナルシスティックに直接的な性を歌う曲が多いですが、岡村さんはそこに『こじらせ男子』要素を織り交ぜることで、まったく新しい表現を作りました。 歌詞でも『君にモテたい』ということをはっきりと言い切っていますが、それはどれも自分に言い聞かせる妄想の中の独り言のようにも聞こえます。 それらが前のめりな気持ちや、童貞感=余裕のあるモテ男の曲ではなく、どこか身近なものに感じ、一聴してナルシスティックに聞こえるようでも『岡村さん』ではなく『岡村ちゃん』と呼ばれ、愛される要因の一つなんではないでしょうか」 つまり、岡村が作る楽曲は、モテない男目線の描写が多いのだ。 例えば、「友人のふり」には「あんまりもてなかった方だし 臆病で正直じゃないから あいつの代わりになれやしないけど」という歌詞が登場する。 「愛はおしゃれじゃない」には「モテたいぜ君にだけに いつもそればかり考えて」というパートがある。 この世界観に、関ジャニ・横山裕が疑問を呈した。 横山「岡村さん、ものすごいモテてきてるじゃないですか?」 岡村「どうしてそう思うんですか!? 」 横山「いや、映像を見させていただいてもカッコいいし、モテない要素がないじゃないですか? なのに、モテない歌をなぜ作れるのかなっていう素朴な疑問です」 岡村「ねえ。 あの、うん……そんなにうまくいってないッスよ」 ミュージシャンが思春期の頃を振り返った書籍『14歳』(著・佐々木美夏/エムオン・エンタテインメント)で、岡村は10代の頃の恋愛を振り返っている。 二股かけられて、あなたは本命じゃなかったと言われて振られたことがあるので、そういう人にリベンジしたいなとは思ってましたけど。 「ありますね。 あります。 すごくあります」 3月25日、岡村は4年ぶりのニューアルバム『操』をリリースした。 収録は全9曲で、「成功と挫折」「ステップアップLOVE」「遠慮無く愛してよ」といったタイトルの曲が並ぶ。 相変わらずの「岡村ちゃん」っぷりである。

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