ま ど マギ 叛逆 の 物語。 まどマギ叛逆の物語の続きが制作されない理由|劇場版新作の可能性は?

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ

ま ど マギ 叛逆 の 物語

2 97. 6 98. 5 100. 6 103. 3 106. 2 111. ゲームの基本的な流れは初代を踏襲しており、通常時は主にG数消化やレア役からCZや擬似ボーナス当選を目指す。 ボーナスは 「マギカボーナス」(約60枚獲得)、 「エピソードボーナス」(約120枚獲得)の2種類で、成立役に応じてソウルジェムの色をランクアップさせ、終了後の「マギカチャレンジ」でAT当選を目指す。 (エピソードボーナスはAT確定) AT 「マギカラッシュ」は、1Gあたり純増約3. 6号機としては純増はやや控えめだが、遊びやすさと出玉のバランスにこだわり抜いた まどかスペックが大きな魅力。 [Bisty(ビスティ)] 2020年7月6日(月)導入開始• [Spiky(スパイキー)]• [BELLCO(ベルコ)] 2020年5月18日(月)導入開始• [PIONEER(パイオニア)]• [ACROSS(アクロス)]• [Carmina(カルミナ)] 2020年5月11日(月)導入開始• [D-light(ディ・ライト)]• [YAMASA(山佐)] 2020年5月7日(木)導入開始• [SanThree(サンスリー)] 2020年4月20日(月)導入開始• [ACROSS(アクロス)]• [Daito(大都技研)] 2020年4月6日(月)導入開始• [SANYO(三洋物産)]• [NET(ネット)] 2020年3月23日(月)導入開始• [Enterrise(エンターライズ)] 2020年3月16日(月)導入開始• [BALTEC(バルテック)]• [OKAZAKI(岡崎産業)]• [Sammy(サミー)] 2020年3月2日(月)導入開始• [BELLCO(ベルコ)]• [newgin(ニューギン)]• [newgin(ニューギン)] 2020年7月20日(月)導入開始• [Daiichi(大一商会)]• [TAKEYA(竹屋)]• [TAKEYA(竹屋)]• [SANKYO(三共)]• [SANKYO(三共)]• [newgin(ニューギン)]• [MARUHON(マルホン工業)] 2020年6月15日(月)導入開始• [NISHIJIN(西陣)] 2020年6月1日(月)導入開始• [SANYO(三洋物産)]• [SANYO(三洋物産)] 2020年5月18日(月)導入開始• [SANKYO(三共)] 2020年5月11日(月)導入開始• [newgin(ニューギン)]• [TAKAO(高尾)]• [Daiichi(大一商会)]• [JFJ(ジェイエフジェイ)] 2020年5月7日(木)導入開始• [SANYO(三洋物産)]• [NISHIJIN(西陣)]• [NISHIJIN(西陣)] 2020年4月20日(月)導入開始• [SANKYO(三共)].

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ま ど マギ 叛逆 の 物語

【叛逆の物語のネタバレを含みます】 【2013-11-19 12:55全面的に改稿】 【2013-11-11 16:37追記】 【2013-11-11 14:44初稿】 まず、前のエントリ ar381688【今は読めません】 で書いた「なぜほむらは、『まどかが自分の生み出した幻想である』という可能性を否定できたのか」という疑問ですが、昨日の5回目の視聴で氷解しました。 例の夜の丘のまどほむのシーンってほむらがまどかのことを女神として崇めている(まどかの女神像のおみ足にすりすりする)シーンの直後にあったんですよね。 ほむらにとってまどかは神のごとき絶対の存在であり、ほむらの守るべき秩序の基盤となっていることがそこで示されています。 魔獣と戦い続けることこそが魔法少女としての絶対条件であり、その宿命から逃げることは許されない、魔法少女たるものまどかの犠牲にふさわしいものであるべきだ、と。 しかしその後橋から飛び降りてきたまどかは戦いからの逃避を否定しません。 私だって怖い、逃げ出したい、できることならみんなとずっと一緒にいたい、と人間らしいことを話します。 これはほむらの抱くイメージのまどかならば絶対に言わないようなことであったと思われます。 ほむらにとって絶対法則である神としてのまどかと、弱さを持つ人としてのまどか。 この乖離がほむらに眼前のまどかを真に人間である存在として認識させた、ということだったのかなー、と。 このことによってほむらは、眼前のまどかが自分の妄想でないことを確認でき、また同時に、まどかを本当の意味では救えていなかったと気付いてしまったのだと思います。 花咲く夜の丘でほむらが、まどかが私の妄想だったのではないか…と不安を吐露するシーンも、ほむらにとっては神の存在を疑ってしまったことに対する告解だったのだと感じました。 だからあんなに地を這うように身を投げ出して言うのだと。 この世界にはありえない存在が3つある、と言った時にまどかが含まれていなかったのは、まどかへの疑念というものは、このような作法を以ってして初めて口に出せるくらい、ほむらにとって重要かつ禁忌なことだったからなのかもしれません。 あとまどかがほむらの髪を編みこむ意味も気になってたんですけど、TV版ではまどかに守られる存在から守ろうとする存在への変化を三つ編みからストレートへの髪型の変化で表していたので、あの髪編みはほむらがふたたびまどかの庇護下に置かれようとしていることを示していて、その編まれた髪を振りほどくのは、まどかを守るべく真実を探そうとするほむらの決意の表れ、と考えるとしっくり来ます。 髪を編む、あるいはリボンで結ぶという行為は全編通して幼さ、庇護を受けるものであるという象徴として描かれているようですね。 終盤のリボンを返すシーンも再びほむらがまどかを守る存在となることの象徴ですし。 いい雰囲気だからなんとなく感動するけど、これって結局どういうシーンなんだっけ??とひとつひとつ突き詰めて考えて観てみると何度観ても発見とともに新鮮な感動があり、深くのめりこんで観ていける素晴らしい映画だなーとつくづく思います。 前置きが長くなりました。 私のラストシーンの解釈を述べます。 まず、円環の理とまどかの関係がどうなったかを考えます。 ほむらのさやかに対する発言を真実だとすると、ほむらは「まどかの人間としての記録」だけを円環の理から切り取り、人間としてこの世に送り出したということになります。 ダークオーブとなった巻き取られたピンクの糸は、度重なるループの中でほむらがまどかを思いながら積み重ねた因果の結晶であり、その量はまどかを概念へと昇華させた量と同等であると考えられます。 よって、その因果によりほむらもまた魔法少女より高位の存在となることができたのでした。 まどかは円環の理から切り離されて人間へ、ほむらの記憶の中のまどかはダークオーブへと変化した、と私は認識しています。 次に、QBがボロボロな理由ですが、これはQB側のエネルギーの枯渇によるものではないかと考えています。 あいつはどれだけ銃弾を撃ちこんでもすぐ複製が現れるので、フィジカルへのダメージが与えられているわけではなさそうです。 エネルギーさえあればいくらでも新しいQBが生成可能な性質から考えると、むしろ大元であるエネルギーが底を尽きかけているのではないかと考えられます。 ではなぜQBのエネルギーが枯渇したのか、ですが、その理由を考えるにはQBのエネルギー収支について考える必要があります。 QBは、少女の希望から絶望への相転移から莫大なエネルギーを取り出すことのできる仕組みを持っていることが示されています。 また、人間の技術では不可能な「奇跡」を起こすことが可能であり、それを餌に魔法少女を募っていました。 つまり、奇跡という形でエネルギーを投資し、魔女化の際に生み出されるエネルギーを回収し収支をプラスに持っていく、というのがQBのエネルギープランだと考えられます。 このプランはまどかの円環の理化で破綻しました。 魔女化する直前で、円環の理がソウルジェムを浄化し呪いを消し去ってしまうので、主要なエネルギー源である希望から絶望への相転移が起こりません。 QBのエネルギープランは再編を余儀なくされます。 ほむらが魔獣を倒した後に残った黒いキューブをQBが回収してはいましたが、これからエネルギーを取り出すことができたとしても、これまでと比べて効率は圧倒的に悪いでしょう。 ただ、ほむらやマミ・杏子などすでに奇跡が叶えられている魔法少女たちについては、初期投資が終わっている状態であり、減価償却のためにも可能な限り呪いを回収しようという方針を取っていたものと考えられます。 QBは新たに魔法少女を生み出すことは止めつつ呪いを回収し、ほむらから聞き取った話(円環の理=鹿目まどかによる救済)を軸に仮説を立て、今回の遮断フィールド実験を実行に移します。 実験は失敗に終わり、悪魔ほむらが誕生します。 ほむらは魔なるものであり、世の調和を乱すものであると言われており、様々な理不尽を生み出すものであると考えられます。 そして、振り返ってみればそもそも魔法少女たちは、人の世の理不尽に立ち向かう為に魔法少女になることを選んでいるわけで、ほむらの世界への働きかけは、結果として魔法少女を増やす結果を生み出すものと考えられます。 あるいは、魔法少女にはこの世界のエントロピー:乱雑さを下げるはたらきがある、と言い換えてみてもよいでしょう。 過去、文明を進歩(=秩序を構築)させてきたのも魔法少女のはたらきであるので、この読み替えは自然です。 ほむらが悪魔としてエントロピーを増大させる方向に世界を動かそうとすると、秩序だった世界を求める魔法少女達の働きによって平衡されます。 そうして少女たちの求める希望を叶える奇跡をキュゥべぇは起こし続け、消耗していきました。 これがQBがボロボロであった理由だと想像しています。 ほむらの呪いを始末するためにインキュベーターの協力が必要という発言も、QBがインキュベーター( 孵卵器)としての仕事で疲弊しているという説と合致します。 そして、あのラストシーンの弦月はその流れの行き着く果てである、「魔獣が全て倒されたあとの世界」を示しているのではないか?と考えています。 あの半月はほむらかまどかかどちらか側の完全な勝利を示すものであると思われますが、ほむらの勝利は世界の無秩序化を意味するので、これは考えにくいです(世界が荒廃しているわけでもなく、またまどかの幸福を願うほむらの行動原理ともそぐわない)。 世界はこれ以上ないほどに強い秩序を持ち発展したものと思われます。 世界から湧き出す呪い・魔獣も非常に少ないものとなっているでしょう。 さやかとの会話では、宇宙を滅ぼすつもり!?という問いに対して魔獣が全て滅んだ後ならそれもいいかもと答えていたほむらですが、渡り廊下でのまどかとのやりとりで、まどかにとって大切なものは秩序の保たれた世界であり、個人的な欲望などではないことを確認しています。 前述のとおり、まどかの願いを尊重するほむらには宇宙を根本から破壊することなんてできるはずがありませんし、完全に調和のとれた世界においてはまどかを守る必要も既にありません。 悪魔としてのほむらは行き詰まってしまいました。 茂みのがさつく音に対して警戒した素振りを見せるところからも、ほむら側の敗勢を色濃く感じさせます。 敵襲への備えが必要な状況なのでしょう。 すでに人間や魔法少女よりも高位な存在となっているほむらの存在を脅かすことができるものといえば、ほむらにとって特異な存在であるまどかしかいないでしょう。 秩序と無秩序、敵味方に分かれてしまったまどかとの最終決戦を恐れ、慌てて姿を確認しますが、現れたのはQBであり、ほむらはひと安心し、ダークオーブとともに踊り出します。 あの踊りからは曲も相まって冒頭のナイトメア退治シーンが想起されます。 このリフレインで、物語冒頭のナイトメアがほむら自身のナイトメアであることが示唆されている、というのが私の見解です。 「まだだめよ」とは、ほむらが自ら創りだしたソウルジェム内の世界で何も知らない少女として目覚めるには、呪いを募らせてきた記憶=ナイトメアを消し去る必要がある、ということであり、魔法少女たちによってナイトメアが倒されることにより「さあおはよう」と、物語を始める準備がなされた、という筋書きだと考えています。 また、冒頭のナイトメアにのみ「HOMU LILLY」のタグがついているという分析もあり(仁美のものにはついていない)、これも冒頭のナイトメアがほむら自身のナイトメアであるという説を裏付けるものです。 そしてこの重ねあわせからは、まどかたち魔法少女によるナイトメア退治=ほむら退治を予感することができるでしょう。 まどかとの戦いを選ばず、ダークオーブに閉じ込めたまどかとの過去・積み重ねてきた因果を愛でつつ闇に消えるほむら。 閉じた扉にかかるリボンは、もう誰も受け入れることのないほむらの閉じた心と、それに絡まってそばにあるまどかとの思い出。 物語の終わり方については様々な解釈と賛否両論あるみたいですね。 私は美しくも物悲しい物語だなあ…と涙を流して受け入れていたのですが、ほむらとまどかの関係を、ファンと原作の関係として読み替えた場合、否定的な意見が出てくるのもうなずけるな……とも思いまして。 <ほむらは愛ゆえに円環の理からまどかを切り離して歪な新世界を作るが、まどか自体は秩序をもって物語を終わらせることを求めている。 ほむらもそれを受け入れる。 ファンもそれを受け入れる。 > となり、これは非常に寂しいというか、箱庭に閉じ込められたような閉塞感をおぼえるかと思います。 なぜほむら=視聴者;ファンと読み替えられるかという部分についての説明はまた稿を改めて詳しく語れたらなーと思います。 とりあえず「ループ構造」においての「選択権の保持」はゲームにおけるプレイヤーと同等の権利であるとだけ指摘しておきます。 次回作は、こう物語の終わり方を解釈してしまうとなかなか期待できなさそうだとも思うんですが、行き過ぎた秩序とくればディストピアものなので、あるとすればまどかを失った円環の理が暴走して云々、みたいな話かなー?と思ったりしてます。 相当数ループ回った後のほむらはメアリー感ありますね。 ファンでありながら登場人物であり、他者を超越する能力がある、という。 今回の終わり方はまどマギをメタフィクション性の強い物語として読みたくない人には厳しかったのかもしれないですね。 今回のほむらは募らせた愛で、自身の願望の詰まった二次創作を公式化(理の書き換え)して創造主側に回ってしまったから、そんなのアリかよと引いちゃった人もいるのかもしれません。 しかし、杏子とさやかの背中合わせで戦うシーンとか、マミさんとシャルロッテの関係とか、もしかしたら「ブレイクダンスしながら放尿するさやか」とかまで含めて、二次創作を公式化することってこの作品を通して繰り返し描かれているわけで、このほむらのオチだけを批判するのは違うんじゃないかな?と思ったりもしてます。 話題になってるから見に行ったという人の感想だと、 「難しくてよく分からなかった、銀魂のほうが面白かった」 とのことでした。 どっぷりハマってる人だと、考察サイトなどをみて色んな演出について理解が深まって楽しめますが、 そうでない人には、整合性がなく行き当たりばったりで強引なストーリーに見えるのは仕方のないことですよね・・・。 どうして、ほむらがまどかの力を奪えたかっていうのも精神論のように思われがちですが、 魔女の力によってまどかの人間部分だけ結界内に引き込んだ実績と、観測すれば制御も可能だというQBの発言から見てもちゃんと論理的にも丁寧に書いてるんですよね・・・。 岡田先生も非常にロジカルだと好評化してましたけど、考えれば考えるほど楽しめる作品であるのは間違いないですよね。

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【ネタバレ】「劇場版魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語」のあらすじと考察をまとめてみました!TVシリーズをしっかり理解しておこう。

ま ど マギ 叛逆 の 物語

ネタバレ! クリックして本文を読む 彼女たちが「暁美ほむら」の世界にいて、ほむらたんが魔女になってしまった(厳密にはなってないけどねw)ことが分かるまででお腹いっぱいだ。 あー、彼女もダークサイドに落ちちゃったか。 そりゃそうだよな。 根暗だし・・・。 後半は暁美ほむらの個人的な物語が続くのか・・・と思いきや!思いっきり普遍的なテーマを描く方向に舵を切った・・・! 個人的には暁美ほむらの個人的な物語を観ても良かった。 洋画では「神と悪魔」「愛」を語る映画は結構多い。 この手の映画は、既に評論家に論じられている。 自分もそれを読んでいたりする。 だから、本作の結末は正直、わりと安全に着地させたか、という印象がつおい。 しかし、日本のアニメでは、あまりされない試みだと思う。 萌えアニメファンではない僕のような凡人でも楽しめる、硬派なテーマを描いている点が超偉いと思う。 でもこれって、前作にあった永劫回帰を否定するような気が! 何はともあれ、俺の夏の有給休暇はまどマギにより終わった。 明日からまたクソ社会を、永劫回帰的に生きるとするか。。。 もっとみんな仕事サボろうぜ。 TV版と新劇場版の前編・後編の終わり方のほうが良かったかな・・。 1度観ただけでは理解できず・・何回も見直してしまいました。 それはキュウべぇの実験によりソウルジェムが濁らせたせいで歪んだ愛になったのか? 「悪魔ほむら」になってしまうという終わり方は、 ほむらファンからすると少々残念でした。 新劇場版の後編での終わり方の方が美しかったです。 そして、「円環の理」から引き剥がされた まどか、マミ、さやか、杏子が人間として暮らす、 ある意味では理想の世界。 あのままアルティメットまどかの円環の理を受けたら キュウべぇに、まどかを支配されてたわけだし。 結果ハッピーエンドにも見えます。 しかし最後の方の、さやかチャンのシーンや、 まどかがアルティメットに戻りそうになるのを引き止めたり・・ 悪魔ほむらチャンを見てると幸せそうには見えないんだよねぇ・・。 ちゃんとセリフ聞いておかないと理解出来ないし、 前作の新劇場版を見ておかないと 絶対に???が残りますので予習はしとくべきです。 今年の秋頃には【マギアレコード】が放送されるので どういう内容になっているのか興味津々です。 ネタバレ! クリックして本文を読む という意見の人はあまりいないみたいだが。 そりゃテレビ全12話が受け付けなければ、続編なんてみないだろからなあ、ふつうは 自分はリアルタイムでテレビ12話みてなかった。 この叛逆が公開する半年前かな一気見したのは。 自分はこれでもかなり陰惨なもの、救いようのない話、残忍な作品とかいろいろみてきたし読んだりもしたつもりだが この魔法少女たちの悲劇性にはすっかりやられてしまい、ちょっとまともな話ではない。 なぜ、批判が起きないのか不思議で仕方なく、製作者たちを憎悪したね。 とりわけここまでの目に遇わされるかと思ったのが、美樹さやか。 同情がひいきとなったのか、いちばんこの中では好きなキャラ。 というか他の4人はどうも現実味に欠けるというか、キライじゃないが興味があまりもてない。 というキャラに感情移入する作品ではなく物語としての構造そのものを楽しむ作品なのかも知れないが、それは人それぞれだとおもうんだが… 前にみた時は、テレビ編と映画前後編からの流れでこの叛逆〜もあまり高い評価をできなかったが、独立した作品と考えるとこれは素晴らしい。 五人が主題歌に合わせて踊ったり 一人踊ってねーですがw 変身シーンをしっかり作ってファンを楽しませようという意気込みが感じられる序盤。 異変に気づいてほむらが動き出す中盤。 とはいえここのながれは某作品を参考にした気もするが…まあ、いいや。 それで問題なのが、ほむらによる改変の終盤なんだろうが、少なくとも自分は蛇足とは思えない。 正直、ほむらのまどかへの偏愛はちょっと理解しずらいが、自らの意志でインキュベーターをも出し抜き、さらに手駒にしてしまうぶっ飛び方には痛快ささえ感じる。 それにもし、ほむらが円環に導かれて終わりの話ではさっき出した参考にしただろう某作品の設定が違うだけの焼直しのようにも感じる、ハッピーエンドとも思えない。 ほむらの病んだ目つきが表すとんでもないことをしてしまった感。 もはや半分正気をなくしたかのような雰囲気。 いいね。 脚本家に踊らされてひどい目に合わされてるだけだったこれまでより、ひとつ突き抜けたかんじ。 ハッピーエンドとは言えないし人によってはバットエンドかもしれないが、いずれにしろ混沌。 珠玉の混沌状態。 ここからどう展開させていくのか、シャフトはいずれは作りたいみたいだが、多分虚淵玄がやりたがらないんだろう。 また、おんなじような鬱展開を繰り返すなら願い下げだが、思いもよらない展開があるならみたいけどね。 ネタバレ! クリックして本文を読む アニメ全話は数年前に観たっきりで、記憶を取り戻しつつ観賞しました。 前編・後編ver. はじめて3作目から見る人にとってはまったく理解できないかもしれないですが、これまでの作品を見ていても理解できないぐらいですので、気にする必要はありません。 世界観だとか、すごい作品だということだけは感じられるのかもしれません。 アカデミー賞長編アニメ部門にエントリーされているとのことですが、たしかに世界にだしてもはずかしくない作品だと思います。 この1週間でこのシリーズを見はじめた初心者。 そんな訳でまだ消化しきれてない状態なのですが、この辺はおいおい読み解いていく事にします。 ネタバレ! クリックして本文を読む 問題のラスト10分、あれを「付け加えた」理由について、脚本家の虚淵玄は「これではただの続編ではないかと思った」と言われていましたが、それ自体は付け加えた理由にはならないのでは? ただの続編何が悪い? この無闇な毒の吐き方は説明どころか謎でしかありませんでした。 ほむらが悪魔と化した理由についても、「まどかと対になる存在とした」とありましたが、問題は対にする必要がどこにあったのかというところ。 その理由についても述べられていません。 ただ、「古今東西そういった話はよくある」と言うだけで。 これでは思いつきであの10分が作られたとしか考えられません。 あのまま終わればそこそこ王道として良い終わり方であったのに、なんでそこまでして王道を否定しなければ気が済まないのでしょうか、この脚本家は。 とても力のあるライターなのに、ジャンルそのものを撒き餌にしたシナリオを書いたり王道を否定したり、ちょっと残念の度が過ぎます。 王道に向かえないのもまた弱点であると思い至って欲しいものです。 「ドクター・ドリトル」 C 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved. 「ホーンテッド 世界一怖いお化け屋敷」 C 2018 Danger House Holding Co. , LLC. All rights reserved. 「ANNA アナ」 C 2019 SUMMIT ENTERTAINMENT,LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 「ハリエット」 C 2019 Focus Features LLC.

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